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最高裁判所第一小法廷 昭和38年(オ)196号 判決 1963年9月26日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士赤井定雄の上告理由について。

上告会社の自動車運転手で、自動車の運転の免許状をもつ訴外藤原武志が、

(イ)  昭和三一年九月四日午後八時頃、神戸市中央卸売市場の荷物を集荷するため、自動三輪車兵あ六、一二〇一号を運転し右市場に赴く途中、同市兵庫区西宮内町一二番地所在の篠田石油株式会社西宮内給油所に立ち寄り、ガソリンを補給したが、右自動車のクラツチの断続不調に気付き右クラツチ内にガソリンを注入して同所に溜つた油を洗浄する方法により、これを調整しようとし、右給油所に勤務していた訴外新井右太郎に洗浄用のガソリン少量を注文したところ、同人は一リツトル入の丸型鉄製ガソリン缶(直径及び深さ、ともに一一センチメートル)に約半リツトルのガソリンを入れて藤原に手渡したこと、藤原は従来クラツチを洗浄する場合直接ガソリン缶からガソリンを注入することなく、ゴムホースを用い缶内のガソリンを吸い上げホースの先からクラツチ内に注入する方法によつていたが、当日はたまたまゴムホースが他に使用中で、なかつたため、直接ガソリン缶よりクラツチ内にガソリンを注入することにしたこと。

(ロ)  右自動車のクラツチは運転席下約二〇センチメートルの所に位置し、その後方にトランスミツシヨンが接続し、右側にセルモーター(起動機)、左側にダイナモ(発動機)が取付けられてあり、右クラツチの右後方約一〇ないし一五センチメートル附近に右セルモーターの電源スイツチに取り付けられたターミナル、ボルトナツト(バツテリーからくる陽電流コードの端子を止めたボルトナツトで当時被覆がされていなかつた)があり、右運転手席の下部は前記エンジン部品が密集し空間は狭隘であり、右自動車の電気は直流で電圧は六ボルトであつたこと。

(ハ)  そこで、藤原は右運転席の左側から車体右側に向つて腹部を運転席の上にのせてうち伏せになり、両足を地上から浮かせ、上半身を更に下向きに傾斜させた不安定な姿勢で、右ガソリン缶を手にもち、運転席右側の車脇の位置で右新井右太郎が照射していた電灯の光の下で、クラツチ部分に前記缶を近づけ、これを傾けながらガソリンを注入したこと。

(ニ)  ところが、右操作中、ガソリン缶の一方の端が前記クラツチ右後方に設置されたセルモーターの電源スイツチに取り付けられたボルトナツトに接触すると同時に、缶の他方の端が前記トランスミツシヨンのカバー(鉄製)に接触したため、右ボルトナツトよりトランスミツシヨンカバーへ電流が通ずるとともに両接触部分でシヨートして火花を生じ、これが缶内に残つていたガソリンに引火し炎上するに至つたところ、藤原は顔面真近でガソリンが突然炎上したため狼狽してその缶を前方に投げ出したこと、然るにその投げ出された缶は同所で電灯を照射して藤原の右修理作業を助けていた前記新井右太郎の身体前面に打ち当つたため同人の作業服はガソリンを浴びて燃え上り、その結果同人は大火傷を負い遂に同月六日判示病院において死亡するに到つたこと、

以上の事実を原判決は当事者間に争いない事実及び挙示の証拠によつて確定した上およそ、本件自動車のクラツチ附近のように周囲に鉄製部分が密集して設置され、その間に電流が通じ、電気コードのターミナル、ボルトナツトが近接して、被覆もなく露出しているとき、右クラツチ部分に電気の良導体を近づける場合、その接触如何によつては電流がシヨートすることが予想されるところであるから、右クラツチに引火性の極めて強いガソリンを注入してこれを洗浄せんとする者は、電気良導体たる金属製品の容器をさけ、不良導体たるゴムホース等を使用すべきであり、もし、金属製の容器を使用する場合にはクラツチ附近にある前記電気コードのボルトナツトに接触しないよう細心の配慮をもつて操作し事故の発生を未然に防止すべき注意義務がある。しかるに藤原武志は前記のように鉄製缶の容器を用いてクラツチにガソリンを注入したばかりか、右注入にあたつても、近接する電気コードのボルトナツトに接触しないよう注意を払わないで操作したものであるから同人はガソリンでクラツチを洗浄するに当り用いるべき注意義務に違反した責を免れないものであると判断したものであることは原判文上明らかであり、叙上挙示の証拠によつてなした事実認定及び以上の事実関係に基づいて示した右法律上の判断はすべて正当として是認できる。

問題は藤原武志の右注意義務違反すなわち過失と前示新井右太郎の死亡との間に因果関係ありや否やの点である。思うに、藤原武志が前示のように引火炎上したガソリン缶を車外に投げ捨て、それがたまたま他人に突当つてその衣服を炎上させ、その故に火傷を負わせて死に至らしめたというのであれば、その間に当然に因果関係あるものと判断することは相当でないであろう。しかしながら、本件の場合は藤原の側近くに在つて同人の修理作業を助くべく電灯を照射しつつあつた前示新井右太郎に炎上していたガソリン缶が突き当つたというのであるから事態は自と別である。そのような事態の下にあつては藤原は自己が車外に投げ捨てた炎上のガソリン缶が新井に突き当りその作業服に燃え移り大事に至るであろうことは藤原において予見し得たであろうものと認めるを相当とするから、藤原の前記過失と新井の死との間には因果関係あるものと解して聊かも妨げがない。従つてこれと同一轍に帰した原判決の判断は正当であつて、その判断の過程に所論違法のかどありと云うを得ない。所論は縷々論述するが、ひつきようするに叙上に反する独自の見解に他ならないものであつて、採るを得ない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 入江俊郎 裁判官 斉藤朔郎 裁判官 長部謹吾)

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